「経営層が現場の苦労をわかっていない」 「現場はなぜ、これだけの人数(FTE)がいながら目標を達成できないのか」

労働組合の活動を通じて、私はこの双方の嘆きを日ごろの情報収集で聞いてきました。経営層と現場が対立し、その間で中間管理職が摩耗していく。この構造には、実はもっと本質的な原因があるのではないか――。

その仮説として、「従業員は『心(感情)』で働き、経営者は『数字』で働いているから」という説を提唱したいと思います。

1. 現場を回す「見えない雑用(シャドーワーク)」

従業員が日々行っている業務には、評価項目には直接反映されないものが多々あります。 他部署からの問い合わせ対応、誰かの機嫌を取りながら進める調整、突発的なトラブルのフォロー……。これらは「誰に命令されたわけではないが、全体として現場を回すための行動」です。

ビジネスの世界では、これを「組織市民行動(OCB)」や「シャドーワーク」と呼びます(以下、「シャドーワーク」を使います)。従業員はこれを「評価のため」ではなく、組織の歯車が噛み合うようにするための「やらなければならないこと」として処理しています。つまり、現場は「心」で動いているのです。

2. 経営を支える「数字のロジック」

一方で、経営者は「数字」で動きます。 株主や社会からの要求に応える義務があり、利益が出なければ次の設備投資も従業員の賃上げもできません。自分の報酬さえも会社の業績に大きく依存しています。そのため、経営層からの指示は数値目標として発信され、現場には「何%改善せよ」「いくら達成せよ」という数字が降りてきます。

ここには「悪意」はありません。ただ、お互いの世界が「数字」と「心」という異なる言語で構築されているだけなのです。

3. なぜ中間管理職は「板挟み」になるのか

中間管理職の負荷が際限なく増大しているのは、彼らが「数字」と「心」のバイリンガルを強制されているからです。 経営の「数字(ロジック)」を現場の「心(ナラティブ)」に翻訳し、同時に現場の「心」を経営の「数字」に翻訳して伝えなければなりません。

現場からは「数値目標ばかり押し付けやがって」と恨まれ、経営からは「なぜ目標未達なんだ」と詰められる。この通訳コストは、時に個人の努力で解決できるレベルを超え、中間管理職の心身が摩耗したり、もしくはどちらかに傾倒(基本的には自身の評価を行う上位マネジメントに傾倒し、数字を現場に押し付けるようになる)ています。

4. 反転して考える「危険な職場」のサイン

ここで、視点を反転させてみましょう。 健全な職場とは、三者が完璧である場所ではありません。経営層が現場の「心」を知り、従業員が経営の「数字」を理解し、中間管理職が両者の「重責」を知った上で、全員が「何とかこの組織を円滑に回そう」という共通の意思(善意)を持っている場所です。

これが崩れ、お互いへの想像力を失った瞬間、組織は以下のような「危険な職場」へと変貌します。

  • 経営層のサイン:現場を「交換可能なパーツ(FTE)」としか見ない
    現場が「心」と「シャドーワーク」で回っていることを知ろうとせず、「なぜ数字が出ないのか」と冷徹に詰め続ける状態です。現場の人間味が無視されると、従業員のエンゲージメントは著しく減少するでしょう。場合によっては、経営層におべっかを使う社員(若しくは他の従業員にシャドーワークを押し付け、評価の上がることだけをする社員)が優遇され、イエスマンしかいない/数字目標しか頭にない上位マネジメント陣となり、経営に甚大な障害や不満が鬱積する現場を生みます。
  • 従業員のサイン:「言われたことしかやらない」というサボタージュ
    数字に追われる経営への理解を放棄し、「どうせ評価されないから」と隙間を埋める雑用を一切拒否する状態です。全員に数値目標を設定したとしても、休暇や体調不良もあるうえに、細かいものも含め全ての業務を明文化して定義し、それに対する評価体系を作ることは事実上不可能なため、業務には必ず「隙間」が生じます。この隙間を埋める「糊しろ(バッファ)」がゼロになった現場は、誰か一人が欠けた瞬間に機能不全に陥ります。
  • 中間管理職のサイン:「ただの伝書鳩」または「絶対君主」になる
    上下の責任の重さを理解することを諦め、経営からの数字をただ下に丸投げする(伝書鳩)、あるいは自分の保身のために現場を恐怖でコントロールする(絶対君主)状態です。こうなると、上下のパイプは完全に詰まります。

5. 組織の強度を上げるための「三者のアクション」

この「数字」と「心」、そして「シャドーワーク」そのものを悪者にせず、組織全体の強度を高めるために、私たちはどう動くべきでしょうか。

① 従業員:全体像を捉える視座を持つ

「シャドーワーク」を単なる損な役回りと捉えるのではなく、「業務フロー全体を理解するための絶好のチャンス」と捉え直してみましょう。全体像が見える人は、おのずと「今、自分は何をすべきか」という自律的な判断ができるようになります。その視座こそが、次世代のリーダーとしての価値になります。

② 中間管理職:称賛の文化を「翻訳」する

部下の「心」のアクション(シャドーワーク)が報告されるよう、心理的安全性を担保してください。評価項目にならなくとも、その行いを可視化し、称賛する文化を作るのです。「なぜこの雑用が必要なのか」という現場の必然性を経営層に言語化して伝えることこそ、最大のマネジメントです。

③ 経営層:現場の「翻訳者」を重用する

経営層は、現場の「心」の動きを認知する必要があります。数値目標の適切性を中間管理職と適宜目線合わせし、現場のリアルを語れる人間を重用してください。また、全体像を基に行動している従業員がいたら、「現場の判断を尊重して良い」というメッセージを中間管理職へ送ってください。

結びに:危険な職場にさせないために、労働組合が果たすべき役割

では、この三者のすれ違いを食い止め、「危険な職場」にさせないために、労働組合は何ができるでしょうか。私は、これからの労組の役割は「組織の『糊しろ(バッファ)』の重要性を経営に突きつける唯一の公式機関」になることだと信じています。

中間管理職が個人的に「現場の感情」や「数字に表れない雑用の多さ」を上申するのには、保身や評価の壁があり、限界があります。だからこそ、労働組合に出番の機会が存在します。

これからの労働組合があるべき姿は、単なる「労働条件の交渉人」に留まりません。

  • 経営層に対しては、「数字(データ)の言語」を用いて、現場の「心(定性的な実態)」をレポートする。(例:「シャドーワークが存在する中、本当にその職務の人にその数値目標を設定するのは健全か?」「シャドーワークを無くそうとするのはよいが、それが従業員の現場を回そうとする想いまで潰してしまっていないか?」というリスクを論理的に伝える)
  • 従業員に対しては、「経営が数字を追わざるを得ない背景」を噛み砕いて伝え、盲目的な反発ではなく、健全な対話の土台を作る(経営層や中間管理職の行動を理解できる手段を提供する)。

「数字」と「心」を対立させるのではなく、双方がお互いの責任の重さを知った上で、「何とか円滑に業務を回そう」と思える(=従業員のモチベーションが高い)環境を整えること。経営層も中間管理職も従業員も、お互いが無くば成り立たない存在だからこそ、共存共栄の道が確実にあると私は考えています。

目に見えない「現場の善意」を可視化し、組織の潤滑油となることこそが、現代の労働組合が果たすべき、最も本質的な役割ではないでしょうか?

※ちなみに、一人の人間を見ても「心」で考える部分と、「数字」(=ロジック、合理性)で考える部分があります。何かの考えが出た時に、どこを「心」、どこを「合理性」で考えたかを考察する癖ができると、自分の理解にも他者の理解にもつながりますので、おススメです。

ABOUT ME
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東京工業大学修了後、製薬企業で他部署や受委託先と課題解決に取り組む品質保証業務にたずさわる。 労働組合の副支部長も経験し、立場の違う組合員や他社含む会社側の視点に触れることで、活動に対する適切な目的設定や達成手段の理解と、またそれに至る考え方を深めている。 自他の数々の悩みに向き合ううちに、課題への向き合い方と自分の人生を楽しく生きる考え方を他の人にも広く役立てられないか模索中。
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